
「ち〇こが生えてくると思っていた」というFTMの話はあるあるでよく聞くけど、僕はそうは思ってなかったタイプの人間。母親の腹の中に忘れてきた、とは思っていたけど。人生最初にして最大のうっかり。
セクシャリティ関係なく、基本的に何事にも猪突猛進型の僕。当たって砕けろタイプ。だがしかし、修復に時間もかかる面倒くさいタイプ。
これまでの生き方や、カミングアウトの仕方を振り返ってみると、その性格は如実に出ている気がする。年を重ね、思想もだいぶ変わってきた。昔と比べたら、自分なりに柔軟な考えをできるようになったと自負している。
「カミングアウト」に対して今思うことは、自分が気持ちいいだけのカミングアウトはNGだということ。自分の考えを一方的に押し付けるなどの、自分が気持ちよくなるだけのカミングアウトを、僕は「オ〇ニー」と呼んでいる。
そんな僕の家族へのカミングアウトの遍歴をご紹介。
母親
まず初めにカミングアウトした相手は母親。僕が20歳になったときのこと。
いつ言うかタイミングを伺っていたんだけど、ホルモン注射を始めると決めていた20歳の時にカミングアウトしようと決意。
リアクションは「分かってた。いつ言われるのかなって思ってた。」
謎に抱き合って、お互い号泣した。だけど、当初の母親は事実を受け入れる体制はなく、「自分の育て方がいけなかったのだ」と、ひたすら自分を責めていた。知識も全くなかったしね。
一方、当時の僕は「カミングアウトしたのに、なんで分かってくれないんだ」という気持ちの方が強く、些細なことでイライラしたり、間違った方向で気持ちがすれ違っていて、正直あまり良い関係ではなかった。
圧倒的に言葉が、会話が足りなかったのだろう。そんな母も年齢を重ね、世間で度々LGBTQに関するニュースが取り上げられるようになり、徐々に受け入れてくれたのだと思う。
「あなたが幸せならそれでいい」と言っている。今となっては良好な、いや、良好すぎる関係。ちょっと深く入り込んできて、やかましかったりもする(笑)
おまめ
おまめには、母親の次にカミングアウトした。おまめは当時中学生。歳は離れていたけど、兄弟の仲で1番の仲良し(マブダチ)だったから。でも、今思えば中学生には刺激強めな内容だったのかな?と思う。
現代ほどネットも普及していなかった時代だったため、自分の口でイチから説明するのは難しかった。だから、ある書籍を渡した。
杉山文野さんの「ダブルハピネス」という本だ。
おまめは「ふ~ん」という感じで、「あまり興味ないけど、時間あるとき読んでおくわ」的なリアクション。今思えばこのリアクション、控えめに言って、うざい(笑)
おまめは当時、自分もFTMということを僕にも必死に隠していた。(なんで?)そんなおまめに、僕はまんまと欺かれていた。
僕が、FTMであることを母親にカミングアウトしてから「ねぇ。おまめもそうなの?」って聞かれたけど、素で「いやいやw違うっしょwww」って言ったくらいだからね。まさかおまめもFTMだとは、本気で思っていなかった。母親ってすごい。
兄弟姉妹
おまめ以外の兄弟には、ホルモン注射を打ち始めた後、事後報告。
揃いも揃って「そうなんだ」「そうだろうね」というリアクション。うん、まぁ、そうだよね、すまん。母親にいろいろ聞いていたのかもしれないけど、見た目が変わった後の、後出しじゃんけんだもの。
世間一般に言えば、今でも普通に仲の良い兄弟だけど、こういうときのリアクションはなぜか薄い。根掘り葉掘り聞こうとしないのは、優しさなのか無関心なのかは、今もなおベールに包まれている。
兄弟で集まっても普通に恋の話とかするし、それが通常運転になってる。
父親
父親には言うか言わないか迷ったけど、手紙で伝えた。
というのも、一応仕事はしてたものの、暴力(今思えば虐待)・暴言・酒に溺れるどうしようもない父親だったから。それに加えて偏見の塊で、当時はるな愛さんとかオネェタレントがテレビに出始めた時代だったけど、見るたびに過激な暴言を吐きまくっていた。
「親を馬鹿にしやがって」「ありえない」「気持ち悪い」「生きてる価値ない」などなど。すまん、目の前にいるけどな、お前の子どももそれだぞ。直接僕に向けられた言葉ではなかったけど、しっかり傷付いた。
簡単に言えばそんな事情があって、最初から正面から向き合う気はなかった。けど、性別適合手術のためタイに向かう当日に一応置き手紙。子どもには無関心で、僕の外見・声などの変化にも一切気付かない父親だった。今、連絡は一切取っていないのだけれど。
兄嫁
兄が結婚することになり、初めて兄嫁と会うことに。兄が、僕のことを嫁さんにどう話していたのかは知らなかった。ちょうどその頃、僕と兄は疎遠になっていたから。別に仲が悪かったわけではないけど、ほかの兄弟は、僕と兄は仲が悪いと思っていたらしい(笑)
そして、奇跡が起こる。
僕と、兄嫁は同姓同名だったのだ(僕が改名する前の名前だけど)。
「まじ面白くね?」って兄は笑ってた。僕は、それどんな気持ち?って思ってたが。兄はあらかじめ僕とおまめのことを、嫁さんに話していたようだった。でも、初めて会ったとき、僕らはすでに今の姿だったから、分かりやすくびっくりしとった(笑)
甥っ子が産まれたことで、兄と会う頻度が増えた。今では、一緒に飲むとモンスターと化す兄嫁である。
まとめ
理解を得られるのが成功なのか、反対されたら失敗なのか。その答えは今でも分からない。
他人を完全に理解するのは無理だ。僕だって、家族のことを100%理解することはできない。それと同じなのかな。
僕は今、社会的には男性として生きている。
しかし、親からすれば僕が男として社会に出ていても、娘であることに変わりはないのかな、と日々の生活で思ったりもする。あくまで、これは僕自身の問題で、僕の人生だ。それを、親の人生に巻き込むのはどうなんだろう、と最近考える。
どちらにせよ、僕の味方でいてくれる大切な人たちであることに変わりはない。そんな人たちを、これからも大切にしていこう、そう思ったおもちでした。







