カミングアウト事情~友人編~|おもちver.

いろいろと苦悩が多かった学生時代。そして今。

今、繋がっていない友人でも、友人はどの時代にも少なからずひとりはいた。

基本的に、自分から多くを語らない僕ではあったが、今振り返って考えると仲間に恵まれていたのだと思う。

昔の僕は、自分のセクシャリティを特に隠していなくてオープンだった。

正直なところ、大々的に離れていった人もいれば、そっと離れていった人もいる。今でも繋がっている昔からの友人は、男女問わず僕の中で大事な人たちだ。

そんな僕の、友人へのカミングアウト集。

中学時代

僕が初めてカミングアウトをしたのは、中学時代に友人へ。

カミングアウトの内容も、「FTMかもしれない」というよりは「女の子が好きかもしれない」という内容だった気がする。

この頃はまだ、自分が何者なのか、僕自身も分かっていなかった。

中学時代は、恥ずかしながらちょっとグレていたため、学校には行ったり行かなかったり。

現代に比べるとGIDに関する情報も少なく、情報収集するのが大変だったのを覚えている。自分がFTMだと確信したのは、金八先生を観てから。僕ら世代の人たちは、すぐにピンとくるんじゃないかな。それでモヤモヤが晴れた感じ。

友達とは男女問わず、普通に遊んでいた。仲のよかった数人にはカミングアウトしたけど、正直中学時代の記憶は断片的で、ほとんど覚えていない。

高校時代

高校はどうしても制服を着たくなくて、私服OKの高校へ行った。

高校で出会った友人も先生も、僕の存在が霞むくらい、クセ強人間の集合体だった。そんな自分も、神経が図太かったのか、粋がっていたのか、それは微妙なところだけど、入学当時から自分のセクシャリティを隠さないスタンスだった。だいぶ攻めてるな、と今になっては思うけど。

僕は、自分から自分のことをベラベラ話すタイプではなかったけど、聞かれたら死ぬほど話してた。え?聞かれたら全然話すけど?え、何?的なスタンスだった。

高校時代は、心の余白がなく、パスできているか(男に見えるか)が気になって仕方なかった時期。

「きもい」と言って離れていった人たちはいるけど、ありがたいことにこの頃仲良かった友達とは、大人になった今でも繋がっている。

陰口をたたかれたり、今となっては懐かしのSNS「前略プロフィール」で祭り上げられたり、嫌な思いをしたこともあったけど、幸いにも味方がいてくれたおかげで、それなりに楽しい一風変わった高校生活を送れた。

受け入れられない人もいること、今いる周りの人たちを大切にしようと胸に刻んだ18歳の春。

現代

戸籍変更後に知り合った友人は、カミングアウトしている人としていない人がいる。

カミングアウトしている人...といっても、過去の僕を知る友人を通して知り合った人が知っている、っていう感じかな。

何かきっかけがない限り、自分の口からは基本的には言わない。言う必要性と、メリットを特に感じないからだ。

知り合って10年くらいになる友人も、なかには知らない人もいるはず。僕は、お酒が好きで10年近く通ってるBarがあるんだけど、そこで知り合った友人たちは結構年上の人たちばかり。そこで出会った素敵な大人たちは、多分誰も知らない。この先も、言うつもりはない。その方が、気楽だったりするシーンもあるよね。

でも世間は意外に狭くて、え!そこ知り合い?的な感じで人と人って繋がってたりするから、その時は流れに身を任せる。

今はそういうスタンス。

まとめ

僕は、今は埋没して生活しているけど、これ!っていう自分の中の正解は特にないのかもしれない。その辺は、臨機応変に対応してるつもり。

うまく言えないけど、昔の自分と比べたら、性に対する特異なこだわりのような何かが緩和されたような気がする。「俺だ俺だ俺だ!」っていうのは皆無。

悪く言えば「諦め」、良く言えば「自分を受け入れ向き合えている」そんな感覚。